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仙台高等裁判所 昭和63年(ネ)270号 判決 1989年9月28日

控訴人 株式会社 しあわせ銀行(旧商号 株式会社山形相互銀行)

右代表者代表取締役 澤井修一

右訴訟代理人弁護士 濱田宗一

被控訴人 株式会社 佐藤工業

右代表者代表取締役 佐藤政義

右訴訟代理人弁護士 浅井嗣夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被控訴人は、控訴人(郡山支店)に対し、昭和五六年一月二八日、金五〇〇万円を期間(一年)昭和五七年一月二八日まで、利息年七パーセントの約定で定期預金した。

2  よって、被控訴人は、控訴人に対し、右預金五〇〇万円及びこれに対する預金日から昭和五七年一月二八日まで約定の年七パーセントの割合による利息、期限の翌日である同年一月二九日から支払済みまで商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因事実を認める。

三  抗弁

1  控訴人は、荘原周而に対し、次のとおり金員を貸し付けた。

(一) 貸付日 昭和五六年一月二八日

貸付元金 金四〇〇万円

弁済期日 同年四月六日

遅延損害金 年一八パーセント

(二) 貸付日 昭和五六年二月六日

貸付元金 金一〇〇万円

弁済期日 同年四月六日

遅延損害金 年一八パーセント

2  被控訴人は、昭和五六年一月二八日控訴人との間で、荘原の控訴人に対する現在及び将来負担することのある一切の債務につき連帯保証する旨約し、同時に、これにつき本件定期預金について、質権を設定し、同預金証書を差し入れ、右債務不履行のときは、控訴人において同質権の実行をし、又は直ちに本件預金債権と相殺することができる旨約した。

3  控訴人は、被控訴人に対し、昭和六一年八月一二日、右連帯保証にかかる貸金債権をもって右定期預金債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁事実中被控訴人が荘原の貸金債務につき連帯保証をしたとの点は、当審における弁論終結の直前になって追加された主張であって時機に遅れた攻撃方法であるから却下されるべきである。

2  抗弁事実1項中遅延損害金の約定の点は不知、その余の事実は認める。

3  同2項は否認する。

4  同3項中、その主張の日に相殺の意思表示のあったことは認める。

五  再抗弁

1  控訴人は、かねて荘原に対し約二億三〇〇〇万円の融資をしていたものであるが、控訴人郡山支店の融資担当者太田誠二は荘原から五〇〇万円の追加融資を要請され、その返済に不安を抱いたことから、荘原から医院の建物の建設を請け負っていた被控訴人をして右の融資につき担保を提供させるため、当時荘原には利息延滞の事実がなく、かつ荘原に対し右五〇〇万円の融資後さらに追加融資をする意思がないのに昭和五六年一月二七日頃被控訴人(代表取締役佐藤政義)に対し、「荘原に運転資金として追加融資するが、これまでの利息延滞分を解消しないとできない。そこで、これを解消するための金を一時融資しなければならないが、そのための担保として五〇〇万円を提供して欲しい。荘原の被控訴人に対する工事代金支払用として荘原に融資することにしてある最終交付金が残っているので、その貸付けを実行するから、被控訴人においてこれにつき連帯保証するとともに、定期預金に組んだ上、担保に提供して貰いたい。そうすれば、荘原に一時五〇〇万円を融資し、利息遅滞分を解消させ、昭和五六年三月末までには新たな追加融資をして、荘原の負債を清算して、担保分はお返しする。」などと虚偽の事実を申し向け、被控訴人代表者をしてそのように誤信させ、荘原の控訴人に対する前記貸金債務につき連帯保証をさせ、かつその担保として本件定期預金につき質権を設定させたものである。

2  以上のとおり被控訴人は控訴人郡山支店の融資担当者の太田誠二の説明から、荘原の利息延滞分が解消されれば、間違いなく、控訴人から荘原に対し追加融資がされるものと誤信して、荘原の貸金債務のため本件定期預金を担保に供し、かつ連帯保証したものであるから、被控訴人のなした右質権設定及び連帯保証契約は、その要素に錯誤があり、そうでないとしてもその動機に錯誤があり控訴人はこれを知っていたので、いずれにしても被控訴人のなした右各意思表示は無効である。

3  そうでないとしても、被控訴人のなした本件連帯保証及び質権設定は、控訴人の詐欺に基づきなした意思表示によるものであるから被控訴人は、控訴人に対し、当審における昭和六三年一二月一九日の第三回口頭弁論期日において、右質権設定を取り消す旨の意思表示をし、更に平成元年六月一日の第六回口頭弁論期日において、右連帯保証を取り消す旨の意思表示をした。

4  本件は被控訴人と控訴人との間で保証及び担保期間を昭和五六年四月六日までと定めてあり、いわゆる期限付連帯保証であり、また期限付質権設定契約である。

5  前記のとおり、控訴人は被控訴人に対し、荘原には延滞利息があるので追加融資することができない、一旦延滞利息を解消したうえで追加融資をし、担保を返す旨の説明をして担保提供等に応じさせながら、後に前言を飜して追加融資をしなかったという背信的ともいうべき事情があるうえ、本件相殺の意思表示は相殺適状後余りにも長年月を経過してなされているのであるから、本件相殺権の行使は信義則に反し許されず、無効である。

6  また、本件連帯保証は被控訴人代表者佐藤政義が権限を濫用してなしたものであり、控訴人はこの事情を熟知していたのであるから無効である。

六  再抗弁事実に対する認否

被控訴人が控訴人に対し、その主張の日に本件連帯保証契約及び質権設定契約の意思表示につき詐欺を理由に取り消す旨の各意思表示をしたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

第三《証拠関係省略》

理由

一  (請求の原因及び抗弁について)

請求の原因事実、抗弁1の事実(但し、遅延損害金の約定の点を除く)及び抗弁3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、控訴人は荘原に対し、いずれも遅延損害金を年一八パーセントと定めてその主張のとおりの貸付けをしたこと、抗弁2の事実が認められ、これに反する証拠はない。(控訴人は当審の弁論終結の直前に至って、「被控訴人において、荘原の貸金債務につき連帯保証をした」旨の主張をしたことが記録上明らかであるけれども、右主張の内容及び本件訴訟の経過に照らせば、控訴人の右主張は従前の主張をすでに取調べ済みの証拠に基づき補充する程度のものに過ぎないから、いまだ時機に遅れた主張とは認められない。したがって、この点に関する被控訴人の却下申立は採用できない。)

二  (再抗弁について)

右事実と《証拠省略》を総合すれば、

1  荘原は八戸市内で産婦人科医院を経営していたが、昭和五五年頃事情があって同医院を人手に渡し、あらたに郡山市で医院を開業すべく、控訴人に融資を求め、控訴人は同年一一月頃まで荘原に対し医院開業の資金として合計一億五〇〇〇万円を貸し付けていた。控訴人は、同年一一月荘原に対し、右旧債務の返済及び診療所等の建築代金の資金として総額で二億三〇〇〇万円を融資することとし、同月一五日これを二億円、二〇〇〇万円、一〇〇〇万円の三口に分けて貸し付けをしたが、いずれも元金の返済は一年間据え置き、昭和五六年一一月五日から昭和六五年一〇月五日まで分割して支払う旨の定めであった。なお、利息は年九パーセントの定めであり、昭和五六年一月二七日現在未払いはなかった。

2  被控訴人は、控訴人から紹介され右診療所等の建築を請け負い、昭和五六年一月までにはこれを完成して荘原に引き渡していた。

荘原に対する控訴人からの貸付金は控訴人に開設された荘原名義の通知預金口座に入金されていたが、荘原は被控訴人のした建築工事に瑕疵があるなどと主張して、建築工事残代金七五〇万円の支払を保留していたので、同年一月二七日現在右口座には七五〇万円の預金残高があった。

3  ところで、荘原は医院を開業したものの、自己資金に乏しかったため、たちまち運転資金等に窮し昭和五六年一月二七日頃控訴人郡山支店の融資担当者太田誠二に対し運転資金が不足しているので前記預金の払戻しを受けたい旨申し入れたが、太田は右はあくまで使途を限定して融資したものであるから、右申入れに応ずるわけにはいかないとしてこれを断った。

4  荘原は、なおも太田に対し資金繰りに窮しているので新たに融資をして欲しい旨懇請し、太田は荘原に対してはすでに担保枠一杯の貸付けをしているので他の担保の提供がない以上貸付けはできない旨回答したが、荘原には前記預金が残っていたことから、被控訴人(代表取締役佐藤政義)に同席を求めたうえで、もし荘原が被控訴人に対し工事残代金を支払い、被控訴人がこれを控訴人の定期預金に組んだうえ担保に提供すれば、荘原に貸し付けることは可能である。控訴人から荘原に対しては昭和五六年三月末頃までには少なくとも一〇〇〇万円程度の追加融資をする予定でその準備を進めているところでもあるから、右追加融資実行の折には、その一部を右貸付金の返済に充て、担保を解消することができるなど説明した。

被控訴人は、太田の説明から、荘原のための担保提供に応ずれば、未払の工事残代金を受け取ることができ、短期間その一部が使えないがそれも仕方がないものと考え、太田に対し、荘原から支払われる工事残代金中五〇〇万円を定期預金とし、これを担保に提供することを承諾する旨の回答をした。そして、佐藤は、控訴人に対し、定期預金を組み、これを昭和五六年三月末日まで荘原の債務のため担保設定をする旨決議した被控訴人の取締役会議事録を、更に、その後太田の申入れにより右の期間を昭和五六年四月六日とする旨の取締役会議事録を控訴人に提出した。

5  そこで、控訴人は昭和五六年一月二八日荘原に対し前記通知預金の払戻し手続をとり、被控訴人は荘原から受領した工事残代金の一部五〇〇万円を本件定期預金に組むと同時に控訴人に対し、荘原の控訴人に対する現在及び将来負担する一切の債務につき同預金の元利金額の限度で連帯保証し、同預金に本件質権を設定する旨の契約証書を差し入れ、同預金証書をも預託した。そして、控訴人は荘原に対し、同日四〇〇万円、同年二月六日一〇〇万円をそれぞれ返済期日を同年四月六日と定めて手形貸付けをした。被控訴人は、右各貸付けに当たり、連帯保証人として右各約束手形に記名捺印した。

6  太田は信用保証協会の保証を得ることにより荘原に対し追加融資を図るべく、控訴人郡山支店長や本部の了解の下にその準備をすすめていたが、意外にも荘原が適切な保証人を用意できなかったため、信用保証協会の保証を得る途が阻まれ、結局控訴人は荘原に追加融資することができなかった。そのため、荘原は返済期日に右貸付を受けた五〇〇万円を返済することができなかった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

叙上認定したところによると、被控訴人が控訴人と本件連帯保証契約を結び、かつ本件質権設定契約を結ぶに至ったのは、被控訴人が、控訴人において、荘原に対しおそくも昭和五六年四月六日までには追加融資をし、その融資の一部をもって荘原の右五〇〇万円の貸金債務を決済し、被控訴人の荘原に対する工事請負代金のうち五〇〇万円が完全に決済されるものと誤信したことにあり、しかも右は契約締結に当たり、被控訴人と控訴人間において十分了承ずみで、表示された契約内容となっていたものであり、結局本件連帯保証及び質権設定契約はいずれもその要素に錯誤があり無効であると認めるのが相当である。

したがって、被控訴人の右再抗弁は理由がある。

三  (結論)

よって、被控訴人の本訴請求はその余の点につき判断を進めるまでもなく正当として認容すべきところ、これと結論を同じくする原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三井喜彦 裁判官 武藤冬士己 松本朝光)

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